謹訳平家物語読み終わり記念ブログ

妹の金であん肝を食いました

恋う

上野でメノウ石を買った。

大きめの石を薄く輪切りにしたもので、コースターとしても使うことができる。

断面には木の年輪のような模様がある。透明感があってとてもきれいだ。一目惚れだった。

 

家に帰ってくるとすぐに鞄からメノウ石を取り出した。長い時間みつめていても全く飽きることはなかった。ひんやりとしたブルーの色をしたその石に吸い込まれたいと思った。

 

その時、ふっと懐かしいような冷たいような暖かいような、不思議な感覚がした。何が懐かしいのだろうと自問自答しようとした時、メノウ石からブワッと風が吹くかのように、少し前の記憶が流れ込んできた。そうだ、メノウ石はあの人の瞳によく似ているのだ。

 

1年前、私はあの人とよく一緒にいた。

背は低いし、声は高いし、声量も大きい。おまけによく喋った。特に好きな容姿でもないし、性格もこれといって好きではなかった。むしろ苦手としているタイプの人だった。

ただ、私が知らないことを沢山知っていた。ドイツへ留学した時のこと、語学のこと、物理のこと……

たまに自慢するように言ってきたりして腹が立つこともあったけれど、そういう人間味のある所も含めて惹かれたのだと思う。

そしてあの人は話をする時には必ず、しっかりと私の目を見た。

 

色素の薄い人だったから、その瞳は澄みきった湖のようだった。私は長い時間みつめることができなかった。ずっと見ていると吸い込まれそうだったからだ。その瞳は底のない穴のようにも見えた。

 

はっとしてメノウ石に意識を戻した。よく磨かれてつるりとした表面に自分の顔が映っていた。小さい瞳と目が合った。比べようにもならない目だ。あの人の瞳に私の瞳はどのように映っていただろう。

 

私が大学に通い始めると、あの人と急に疎遠になった。忙しくて気にかけることもなかった。

ところが、学生生活にも慣れたある日、あの人が再びドイツへ留学することを知った。不思議なことにあまり驚かなかった。

むしろ、やっぱりね、とか、ふーんとかそのような感想しか浮かばなかった。今になって考えてみると、やはり少し寂しい。

 

私はメノウ石をみつめる。心がうきうきして、幸福な気分になる。ああ、やっぱりあの人の瞳よりきれいだ、と思う。私はこんなふうにあの人を小馬鹿にしながら帰りを待つのだ。

メノウ石もあるし、そこまで辛くはないなあ、と思った。